薄荷舎

エネルギーワークとヒーリング、天然石アクセサリー製作、アートをしております。

くよくよしていたら、あなたの人生が台無しです。
誰もあなたの代わりになれない。
もっと色鮮やかに樂しく生きられるように
シフトするお手伝いをいたします。

どんな人も、幸せになるために生まれてきたと私は思っています。

記事一覧(12)

本当の敵

私は乳ガンと肝臓ガンでした。この病氣になる人が本当にたくさんいるのですね。勿論私が知っていることはなんでもお伝えします。ただ、たまたま私は私に合った対処法が見つかったけど全員に合うとは限りません。それにみなさん、私が調べた何かを伝えると必ず抵抗を示すことをひとつふたつ口にします。たとえば白砂糖が良くないよ、味醂など使うといいよと言うと「うちは味醂は使わないんだよね」嵐の湯を奨めると「私はすぐのぼせるからだめ」早寝を奨めると「早く寝られないの」パンはしばらくやめた方がいいと言うと「パン大好きだから無理」ストレッチがいいよと言ったら、「お腹が邪魔で」その、「変えられない」と思うことが多分一番惡いのではって疑ってみて。味醂を使わないなら、使ってみればいい。すぐにのぼせるなら、入りかたを工夫すればいい。早く眠れるように、昼間の過ごし方を変えたらいい。パンが好きなら、白砂糖や小麦粉を使わないで、食べても平氣なパンを作ればいいね。お腹が邪魔なら他の部位をストレッチすればいい。代替案がないことって、意外とないんです。出来ないと思うのは何故か。私、ガンが消えたから偉そうに言います。えっへん。おっほん。ガンが1cmになるのに、10年かかるんですよね。10年やってきた何かが、ガンを育てたんですよね?たとえ手術で切ったところで、その何かが改善されなかったら、別のところにガンが出来るかもしれないですよね?「出来ない」じゃなくて「やる」(^-^)/。出来ないと思うところに《敵》がいるの。ガンは《敵》じゃなく、《結果》なの。本当の《敵》は【10年続けてきた惡習慣】ですよね?私の《敵》は「我慢」だった。それと、「自分に価値を置かなかったこと」「自分を喜ばせなかったこと」それが判るのに時間がかかった。頭で判っても、自分で全否定する。「私は惡くない。誰にも迷惑かけてない」確かにそうかもしれません。でも自分の體に迷惑をかけてるんです。體はあなたのものに思えるけれど違う。それは借り物。臓器にはそれぞれ意志もある。あなたの意思とは無関係に。自分の浅い意識に騙されないように。すごく巧妙だから。出来る根拠を探すより、出来ない言い訳を探す方がみんな得意なんです。自分の惡いところを100あげるのなんか簡単。良いところを100あげるのは超難しいですね。人の脳はネガティブであっても馴染みがあるほうを選ぶんです。そこに氣付きましょう(^-^)/反省なんか要らないですから。軌道修正だけでいいんです。いやいや、ワシも時間かかったんじゃよ。簡単じゃないのは、よく知っています。何故簡単じゃないのか。怖いから。人によって怖いことが違うけれど。私は「今までが全部ダメダメで、無駄でした」と知ることが怖かった。認めましたよ。もう100%降参したんです。でもそれでも【こんな私を】(←こんななんて思ってないけど、わかりやすく言ってるだけ)愛してくれる人がびっくりするほどたくさんいました。あなたが生きていたら、絶対にあなたを愛している人がいます。人は愛がなかったら、生きていけないのです。詳しくはアデプトプログラムでd(゜-^)≡★イニシエートはもう一度テキストを見ましょう←-------------いろんな方にお話を聞きましたし、助けていただきましたが、自分でもかなり調べました。もちろん聞いてくださればお話しします。でも、もっとその人に合うことがあるかもしれないから、鵜呑みにしないで、自分で調べたり、考えたり、実験したり試したりしてから聞いたほうが自分の血肉になりますよね。それが行動するということのひとつです。わからないことがあって、聞けば答えてくれる相手がいる環境は恵まれています。でもそれにずっと乗っかったまま自分で動かないでいたら、「調べる」というスキルはいつまでたっても身につきません。数をこなし、自分でつかむしかないことってあります。道に迷った時は早く聞くのがいいです。でも時間がさしせまってないなら私は自分で結構な量を調べ、実践します。自分の命を人任せにしないでおこうと私は思います。占いも裁縫もヒーリングも数を経験してこそ、手に入れられる技術です。私はなんでも覚えるのが遅いので人の何倍もかかりますが足し算引き算という計算以外は、時間をかけたら大抵解決できるようになるので、手に入れたいと思ったらやります。一つ見つけても、それがいいものかそうではないか、他を見なくてはわからない。それを知るプロセスは本当は楽しいはず。知らないことを知るのだから。自分の狭い常識に合わないからバカにして、どんなことがあるか想像もつかないなんて本当はつまらないと私は知っています。想像力の欠如は諸惡の根源かもしれません。ところで、自分の見たくないところに光を当てて解決するのに、DNAアクティベーションとアデプトプログラムはとってもいいです。お勧めです。

【清蓮日和】お腹立ち日記

難しいことは承知之介人に理由を預けているうちは解決しません。あの人がこう言ったからとか、子どもがこれこれこうだから、夫が何度言っても聞いてくれないから、etc......etc......それらはみんな人に理由を預けているのですよ。むしろ彼らはこちらにヒントを与えてくれているのです。ええ、勿論腹立たしいことは判っています。本当に腹立たしい。思い通りに行かないから、本当にストレスがたまります。でも、そこで自分に聞いてみてください。どうしてそんなに腹が立つのか。仲間の若い男の子が言ってました。「他人は鏡だ。だからその人に鼻毛を見つけたら、自分もきっと鼻毛が出てるんだぜ。」あはは。本当にそうかも。そうじゃないときは、別のところから別のものが出ているのかも。ええと、毛とは限りませんよ。たとえば、いくら言っても判ってくれない人がいるとしますよね。その人はどうしてわからないのでしょうか。明らかに人に不快な思いをさせているのだとしたら、改善したほうがいいですよね?でも改善しようとしない。そもそもそのことに問題意識すら持たない。ここに「気にする自分」と「気にしない他者」という二つの側面があります。それは全然違うものなのでしょうか。自分はどうして気にして、その人はどうして気にしないのか。「あたりまえじゃないか、世の中というものは・・・」なんて、モノのわかったオトナみたいなことはおっしゃらないで、ちゃんと考えてみましょう。子どものほうが賢いことだって、宇宙にはたくさんあるのですから。例えば。たとえばですよ?小さい頃、自分が親からとってもとっても口酸っぱく言われたことだったからかもしれません。たとえばそのことによって過去に大恥をかいたことがあるのかもしれません。たとえばその逆の人をみて、素晴らしくって感動したからかもしれません。理由はそれぞれです。でも、多くの場合、そこに自分の癒されていない部分や我慢している部分というキーワードが隠れていたりするものです。私は相談されたら、始めはそのことを言わないように氣をつけます。辛いことのほうが多かったりしますし、人から言われるよりも、自分で氣付いた方が大事ですし。でも、ずっとフォーカスしないで、認めないで逃げてばかりいるのならば、私は言います。嫌な人だと思われても、こいつ嫌いだと思われても、その存在を示唆します。大体言われちゃった人は私を嫌いになるかもしれないね。私はお客様をひとりなくすのです。だからもっといい言い方がないものかと思うけれど、どうも性分らしく、なかなか上手く言えません。先日もとうとうやってしまった・・・・。自分に問題がリンクしていれば余計に上手く言えませんなぁ・・・。だから余計、自分がハートから気付くためにも、口に出して言い、自分の外側と内側の両方から、自分の放った言葉を聞くのです。こちらにもそれは両刃の剣のように向かってくることがあります。人のためだと思われるかもしれませんが、自分のためになることがすごく多いです。その人の価値観で押し付けがましい話をされたときも腹立たしいですよね。でもその人はもしかしたら、こちらのことを思って、その人の立場においてベストな考え方でモノを言ってるかもしれないのです。そしてこちらも別のところで、押し付けがましいことを言ってるのかもしれないのです。感謝して怒りを手放し、まず自分の放ったエネルギーを省みたいと常々思っています。・・・思っているんじゃがのう。これがまた難しいんじゃよ。ははは。だから出来なくても自分を責めないで下さい。大事なのは継続してトライすることです。始めから無理だからとトライもしないで人を責め続けるのは、ええと、クーラーを切らないで1日出かけちゃったりすることないですか?あれに似ています。大きな損失。なんの損失?クーラーを切り忘れたときは電力というエネルギーの無駄ですよね。あと電気代の無駄。これが人間関係だったら、心の成長の損失。大事な人とよりよい関係を保ちたかったら、どうか少し立ち止まってもいいから、ご自分に問いかけてください。「どうして私は腹が立つのか?」いろんな対策はそれからです。クーラーをよく切り忘れて、とうとうドアに「クーラー切った?」と貼紙をした清蓮から心をこめて。

【清蓮日和】がんばればいいってもんじゃない

よく「がんばってます!諦めてません!」と言う人がいらっしゃいます。でもそれをもう何年も聞いていますと、かける言葉がなくなります。量は質を凌駕するという言葉がありますが、時と場合によります。何年も変わらないのなら、質も、方法も、方向性も違うことに氣付かないとなりません。自信がないから踏み出せないと仰るなら、一生踏み出せません。後付けの自信は行動して付いてくるものだからです。本来は赤ちゃんみたいに、何も出来なくても存在そのものに自信を持っていいのですがいろんなコントロールを受けて、人は存在そのものに自信を持てなくなりました。そうやって間違ったやり方、間違った方向へ向けた努力が楽しいはずがありません。何が大切なことなのか、優先順位が違うのです。今よりもっと色鮮やかな人生を送ることは信じられないですか。それは可能なのですが、まず信じないと始まりません。こうだったらいいな~…くらいの、ぼんやりした思いが熱いベクトルを生むことはないのです。しなくてはならないことは、時給を10円あげることではなく、病氣を憎むことでもなく、意識を変えること。私もそうやって変えてきました。前は酷いものでした。よく生き延びたと思います。意識を変えるほうが、時給を10円あげるよりうんと難しいですがそれは一生の宝物になります。

【清蓮日和】変わりたくない人たち

「変わりたい」って口では言うんです。みんな。でもその中でも、変わりたいって心から思ってる人はとても少ないと私は思っています。自分以外の人を変えられないのです。でも風景は自分のなかの反映だから、自分を変えたら、風景が変わるんです。掃除や片づけをしたら、自分の目に入る景色が少し変わります。運動したら、体が疲れて、余計なことを考えられなくなります。思考は自分が見ている景色に関係しているので、余計なことを考えないことはとても有効。だから、自分を整えるために、掃除や、運動をしましょうってお勧めするんですね。「私、片付け下手でー」「私、運動苦手ですー」はい、でも自分を変えるしかないので、どうしても変わりたかったら下手でも、苦手でも、やるしかないでしょう?楽して一瞬でいいように変わる魔法の言葉とかね、ないんです。うふ♪ガンをどうやって消したのですかと聞いてくる人も沢山居て、私がしたことをお伝えしても同じことをする人は少ない。そして亡くなることもある・・・。あのね?私、これでガンが消えたんですよ?って、言ってるのですよ。何故、試そうとしないのかしら。合わないかもしれないけれど、やって見ないとわからないですよね?でも言うの。やる前から。「それは私には出来ません」変わりたい人も、ガンが治りたい人も、少ないんだと私は思うって、そこなのです。そういう人たちにとって大事なことってなんでしょう?占いでもどうしたらいいかってお客様がお聞きになるけれど、本当は変わりたくないんだと思うんです。そこを指摘すると、照れて「そうかもしれません」って仰る方はまだ可能性があります。そんなことありませんと否定したり、下手すると怒り出しちゃう方は、もう一生変わらないです。冷たいかもしれないけれど、自分の見てる景色に執着してることに言っても氣付かないなら、耳を塞いでいるので、誰の声も届きません。

【清蓮日和】Surrender

友達ふたりが、理不尽な言葉の暴力に遭っていたことがあります。彼女達はとても優秀です。さまざまなスキル、資格、専門知識はもちろんのこと、性格もとても優しく、相手を尊重できる深さと知恵を持った人達。彼女達はやりたいことを黙々としてきた、勇氣ある人達です。やりたいことをしてこなかった人達、あるいはやりたいことが見つけられなかった人達は、そんな勇氣ある人達の前では無力です。だから家柄とか、出身地とか、自分ではどうにもならないことを持ち出したりして、あるいはいちいちくだらない嫌味をねちねち言ったりしてなんとか優位に立とうとする人がいました。文章にするのもおぞましいくらいのことを平気で言うのだそうですよ。でもどうしてそこまでするのかなって思うのです。勇氣ある人達の前に立つと、自分のアイデンティティの危機だと直感でわかるからですね。自分に嘘をついて生きてきたということが剥き出しになるのが怖いのです。勿論それが自覚できればまだマシなのですが、自覚さえ拒みます。人の最大の敵は《恐れ》なのだと言います。認める、つまり真実に自分を明渡すことを、スピリチュアルな世界では《surrender/サレンダー》と言います。サレンダーは、幸せへの第一歩。門です。門があなたに何かしますか?何もしません。ただあるだけ。でも恐れがあるために、簡単にそこをくぐることができません。上から虫が落ちてきたらいやだな、突然崩れて下敷きになったら苦しい、門の下に落とし穴があるかもしれないし、門をくぐったらあちらにいるのは鬼かもしれないそもそも門をくぐる資格が自分にあるだろうか・・・・・・・恐怖は考え出すと、どこまでも膨らむものですよね。こんなことを偉そうに書いているわたくしだって、やっぱり何か失うものがあるような氣がして、その門をくぐるときには、足がすくみます。あ、キリスト教の方ならよくご存知かもしれませんが、聖書に「選ばれし者が門をくぐる」とかなんとか、そういう言葉があるんですよね?これは誤訳だと言う人がいます。「選ばれし者」ではなく、「選びし者」なのだと。神様が選ぶのではなく、自分で選ぶのだというのです。信じてもらわなくても全く構いませんが、私は自分を選んでくれる神様より、自分で選ばせてくれる自由を与えてくれる神様のほうを信用します。そのほうが自分を信じてくれているんだと思うからです。自分でくぐることを選びたい。自分が何もないと心の底で思っている人は、自覚のあるなしに拘わらず、見えるものを誇示して相手より優位に立つことに専念するので、言葉の暴力などがあるのですね(時に力の暴力も・・・)。優位に立てば、自分の弱いところが剥き出しにならないと思い込んでいるので、そんなことをします。そうやって門をくぐらないで、いつまでもそこにとどまっていますと、そのうち腐ってきます。そもそもそんな外からの言葉に力を与えるのは、受け手なのです。だから、反応しないのが一番良いのですが、十分に力があると傍から見て思える人でも、自分に自信がなく、つい激しく反応してしまうのですね。疲れる相手に、自分を消耗してまで付き合うことはないのです。でも、「自分の人生に不要な役者はいない」という言葉を、私は忘れずにいます。彼等は、何の役に立ってるんでしょう。本当の自分を思い出すきっかけになるのかもしれません。ジムのマシンみたいに強くなるために鍛える役なのかもしれません。もし自分を思い出して、「自分を信じる」力が身についていたなら、笑って軽やかに接することができます。憎惡に憎惡で対抗しても、低レベルのギャグです。憎惡に負けたくないなら微笑みと無視、憎惡に勝ちたいなら、愛と誠意があなたの使う武器。本当は勝たなくてもいいんですけれども(^-^)私に出来ることは、私の大事な友達に私が彼女達の存在に感謝していることをアピールすることと、過剰なバランス取りを笑い飛ばして、もっと別のことを一緒に楽しむことくらいでした。彼女達よりカッカしてるなんて最惡ですからね(でもカッカしてた。わはは)。 結局、一人は身体を壊し、その会社を辞めました。もう一人は、笑ってその会社を去りました。それもまた、彼女たちが自分で選んだことです。私は彼女達を尊敬しています。

【清蓮日和】ジェラシー

ジェラシーという感情は、実は諸悪の根源です。戦争でさえも、もともとはジェラシーから始まるのだとか。ジェラシーがなくなれば確実に平和になるのでしょうか。『愛という言葉は知っていても、本当の愛を知っている人間は極めて稀である』そう教えてくれた賢者がいます。確かにそうですね。幸せならば相手のどんなことでも許せると言います。確かにジェラシーは、愛しているからではなく、所有欲とか、憧れが強すぎるとか、自己卑下とか、そんな感情から生まれるもの。でも、だからってジェラシーを毛嫌いしても仕方が無い。だって、ヤキモチはヤキモチ。正直な感情なので、それを我慢するのは体に良くない。感じたことは素直に表現するのが吉。ならどうしたらいいのかというと私たちにはちゃんと《変容させる力》が備わっています。ジェラシーも、ポジティヴなエネルギーに変換させることが可能なのです。例えば、恋人が今日街で綺麗な女性と歩いていたのを見ただけでメラメラするとします。そんなとき、キーキー騒いでケンカすることも、じっと耐えて知らんぷりをしてある日ガンになるのも、ひとりぐずぐす泣くのも出来ますけれども、同じエネルギーならポジティヴにも使えるのですよね。たとえば、ちゃんと顔を洗って綺麗に化粧したり、ばーかばーかと言いながら美容院に行って、ビーナス誕生だ、ばーか★というのもありです。みてろ、激旨料理で餌付け作戦とか。とても簡単な例を出しただけにすぎません。こんな風にうまくいかないと言われるかもしれませんね。でも、泣くのも笑うのも、同じエネルギー量を使うなら、楽しいほうを選んだほうが良くありませんか?諸悪の根源のジェラシーも、そう思って見ると、それだけあなたが使えるエネルギーを持っているということになりませんか(^-^)/もし嫉妬深いとお嘆きなら、エネルギー変容を是非トライしてみてください。『本当の愛』を知るのが難しいとしても、そんな変容を繰り返して行けば、近くに行けるかもしれません。いや、こんな偉そうに書いているわたくしだって、そううまく変容させられないのですけれども、でもずいぶんトライしてみました。いろんなジェラシーに関して。考えていると、頭でっかちを促進してしまいますし、考えすぎるとわからなくなります。そんな時は、笑ってすごせるほうを選択することにしています。うまく笑えたら、Lucky♪

【清蓮日和】表面的な言葉は虚しい

彼とケンカしました。「もう怒らせない」とLINEしたのに返事が無いんです。どうしたらいいでしょう。というご相談があるとき。まあ、よくあるご相談です。そんなときはお聞きします。「なぜケンカしたの?なぜ彼を怒らせたの?」「私が妬きもちを妬いたからです」で、もう怒らせないって言うんですけれど、具体的にどうやってもう怒らせないようにするんでしょう。もう妬きもちを焼かないってこと?きっと妬きます。何回も。「我慢します」どちらかが我慢して成り立つ関係は長持ちしません。そもそもどうして妬きもちを妬くんでしょうね?「え?ええと、自分に自信がないから」そうですね。それが一番ですね。もうひとつ。自分に自信がないから、彼のことを信じられないのです。他にもっとかわいい子が居る。私なんか、本当はそんなに魅力的じゃないもんって思ってるからです。それ、彼にすごく失礼なのですよ?そんなに魅力の無い女性と、どうして彼は付き合ってるんでしょう?そんな時間の無駄ってありますか?もう怒らせないというならば、まずあなたが自分を信じること。そして彼を信じること。それが出来ないなら、怒らせないことなんて、出来ないのです。つまり「もう怒らせない」って言うのは、ウソ。根本を理解しないで、その場限りの表面的な言葉を言ってるだけです。冷たいようだけど、なぜ彼が怒ってるのか、まるでわかってないなら、この恋はもう終わります。彼が大事な時間を使って、会うのは、あなたに魅力があるからです。あなたが好きだからです。そのことを信じられないですか(^-^)

占い師 清蓮の独り言【清蓮日和】

ミステリースクール公認のヒーラー・ガイドをしておりますが、占い師もしております。ここでは占い師清廉(せいれん)の話をつづろうと思います。LINEトーク占いでは、私のアイコンはチューリップです。写真を提出したのですが、遅かったみたいで、チューリップに定着してるような雰囲氣。今更変えてもお客様も混乱すると思いますから、しばらくチューリップのままで行こうと思います。---------------------よく「LINEの私のメッセージを彼は既読無視するんです」と悲しむ女性が居ます。でもしばしば男性と女性では、LINEやメールの重要度が違うことにお氣付きですか?女性脳は、会話で氣持ちを整理し、形にしていきます。でも男性脳は決まったことしかLINEやメールに残しません。女性脳にとってLINEやメールはコミュニケーションツールであるのに対して、男性脳にとっては連絡ツールだからです。既読がついたら、「ああ、伝わったな」と思うので、返信が無くても氣になりません。男性脳は無視したつもりなんかないことのほうが多いのです。従って女性脳がそのことでおろおろしてるなんて、考えもつかないことなのですね。女性脳のみなさん、むやみに悲しまなくていいことを知ると、もう少し楽になります。